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『はじまりのうた』『ONCE ダブリンの街角で』のジョン・カーニー監督が世界で愛される理由は?

2016.07.01(Fri) | 村山章

『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』のジョン・カーニー監督の最新作『シング・ストリート 未来へのうた』が公開されます。この3作品に共通しているのは、年齢や性別こそ違えど主人公が“名もないミュージシャン”であること。古来から「音楽」と「映画」は最高の取り合わせですが、とりわけカーニー監督が世界中で愛される理由はなんなのか? 魅力的な「音楽映画」の絶対条件とともに考えてみたいと思います。

『ONCEダブリンの街角で』
ONCE ダブリンの街角で [DVD]
 2007年の『ONCE ダブリンの街角で』はカーニーの故郷ダブリンで撮られた低予算映画ですが、世界中で大ヒットし、アカデミー賞歌曲賞を受賞し。ブロードウェイでミュージカル化されトニー賞にも輝きました。おそらくこれほどの成功は監督であるカーニー自身も予想もしていなかったでしょう。

 映画は道端で失恋の歌をがなるストリートミュージシャンの姿から始まります。もう中年に近い年齢ですが実家で父親と同居。そんな“彼”の歌に耳を留めたのは東欧から来た移民の“彼女”。2人は“彼”の曲を一緒に演奏するようになり、やがて惹かれ合うのですが、“彼”には忘れられない元恋人が、“彼女”には幼い子供と故郷に残した夫がいて……。

 ほろ苦さの中にも、どんづまりの日常に突破口を開いてくれる“音楽”の喜びを綴った傑作です。。劇中で主人公2人の名前が語れることがなく、ただ“Guy”“Girl”と書かれたクレジットは、本作が誰もが共感できる物語あることを象徴しています。

 主演は音楽映画『ザ・コミットメンツ』(1991)でもギタリスト役を演じていたグレン・ハンサード。アイルランドのミュージシャンで、俳優として出演したのは『ザ・コミットメンツ』と『ONCE~』の2本のみ。カーニーとは元バンド仲間でもあり、旧知の友人の監督作のために劇中曲をすべて書き下ろしています。

 『ONCE~』の強みは、グレン・ハンサードと“Girl”を演じたマルケタ・イグロヴァが本物のミュージシャンであること。本来、音楽と演技の能力は別物ですが、役者経験のほとんどない2人の素の姿を最大限に活かすことで、佇まいから演奏までドキュメンタリーのような説得力を獲得しているのです。

 本作の白眉は、デモ音源を録音するために急ごしらえのバンドでスタジオに入るシーン。各パートが一音一音が重なって「When your mind’s made up」を演奏する場面は「音楽」が生まれ落ちる瞬間をみごとにすくい取っています。楽器や声を重ねていく演出は「音楽映画」の定番ですが、これほどまでに上手くいった成功例は希少でしょう。ハンサードの曲の魅力とアレンジの妙、ミュージシャンのリアルさ、そして彼らの高揚を映像化したカーニーの手腕が素晴らしいのです。
『はじまりのうた』
はじまりのうた
 『ONCE~』から6年を経た2013年、カーニーは『ONCE~』の世界的成功の影響を感じさせる『はじまりのうた』を発表します。イギリスからアメリカにやってきた内気な女性ソングライターとポップスターへの道を駆け上る元恋人、そして彼女の才能を見出す落ち目のプロデューサーの物語。成功への戸惑いと、身の丈にあった音楽の魅力の再発見はカーニー監督自身が経験の反映しているのかも知れません。

 『はじまりのうた』は多くの意味で『ONCE』のグレードアップバージョンとも言えます。舞台は故郷ダブリンから大都会ニューヨークへと飛び出し、主演はキーラ・ナイトレイ。共演はマーク・ラファロにキャサリン・キーナーとハリウッドの一流どころがズラリ。

 スターの神輿に担がれる元恋人を演じたのは人気バンド「マルーン5」のアダム・レヴィーン。正直、憎まれ役になりかねない優柔不断な役どころを愛嬌を失うことなく妙演しており、これまたミュージシャンの起用に成功しています。またメジャーアーティストの貫禄を見せつけるクライマックスのライブシーンは圧巻です。

 カーニーは今年に入って本作でのキーラ・ナイトレイの演技や歌を批判してしまい、速攻撤回と謝罪をする騒ぎを引き起こしましたが、実際のところキーラの歌や演奏がシンガーソングライターに見えるかというと微妙だと思います。素直な歌声は本当に魅力的ですが、役作りのための努力が垣間見えてしまい、全身から音楽が湧き出てくる領域にまでは達していないように感じます。

 とはいえ主演にミュージシャンを起用していたとしても、失恋と音楽に挟まれて葛藤する繊細な気持ちを表現できたかどうかは疑問です。『ONCE~』は出演者がミュージシャンであることが作品の要であり、逆に『はじまりのうた』は音楽に携わる人間たちのドラマによりフォーカスした作品になっているからです。

 そしてやはり本作においてもやはり、“音楽を奏でる喜び”が確かな説得力をもたらします。劇中、ヒロインとプロデューサーは予算がないことを逆手に取って、ニューヨークの街角でライブ演奏してレコーディングしようと考えるのですが、街に流れる空気と音楽が一体になっていく快感は本作の醍醐味でしょう。特にヘイリー・スタインフェルドが扮したティーンの不機嫌な娘が担ぎ出され、つたないながらもエレキギターでソロを決める瞬間の興奮は決して「上手い=いい音楽」ではないことを知らしめる最高の瞬間です。
『シング・ストリート 未来へのうた』
シング・ストリート 未来へのうた
 キーラ・ナイトレイの批判騒動を起こしてしまったように、『ONCE』とは比べものにならない規模で撮った『はじまりのうた』の現場はカーニーにとってストレスが大きかったのか、最新作『シング・ストリート~』ではルーツであるダブリンに立ち返り、自らが少年時代を過ごした80年代を描いています。

 主人公は14歳の少年コナー。転校先でイジメっ子の標的にされてしまい灰色の青春を余儀なくされますが、大人びた年上の女の子との出会いが彼を変えます。「自分はバンドをやっているから今度PVに出してあげる」とウソをつき、ウソを本当にするために大慌てでバンドを結成するのです。

 決して自伝映画ではない、と釘を刺すカーニー監督ですが、両親の経済状況のせいで転校し、ある女の子にモテたくてバンドを組んだ物語の流れはカーニー監督の実体験に基づいたもの。やがて音楽とミュージックビデオに夢中になっていくコナーの姿は、バンドのベーシストを経て映画監督になったカーニーと重ねずにはいられません。

 80年代のポップな音楽とファッションに彩られた楽しい作品ですが、主人公導師のような存在になる兄の存在が奥行きと深みを与えています。自らは反引きこもり状態でくすぶりながら、弟にロックの魅力を伝え、未来を切り拓けと尻を叩く。この愛すべきニートを演じたのは『トランスフォーマー/ロストエイジ』に出演していたジャック・レイナ―。おそらく同作では印象の薄いイケメンだったと思うのですが、『シング・ストリート』を観た人は彼のことが好きにならずにいられないはずです。

◆『シング・ストリート 未来へのうた
7月9 日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町 渋谷シネクイントほか 全国順次ロードショー
(C) 2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved

 いずれのカーニー作品も、音楽が生まれる瞬間を映像化することに成功していて、「自分もなにか演奏してみたい、誰かと演奏してみたい!」と思わせてしまう力が宿っています。ミュージシャンという存在と観客であるわれわれとを地続きに感じさせてくれる等身大の目線を、この3作品でぜひ堪能してみてください。

Writer | 村山章

1971年生まれの映画ライター。中学生の時にテレビで放送された『明日に向かって撃て!』を観て以来、映画にハマって現在に至る。「週刊SPA!」「OCEANS」「DVD&Blu-rayで~た」等の雑誌やウェブ媒体で原稿を執筆。いくつになってもダメ人間のダメっぷりを描いた映画への偏愛が止まりません。

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