日本映画の未来を切り開く逸材が続々。東京国際映画祭<日本映画スプラッシュ部門>に注目を。
アジア最大級の国際映画祭として、世界の映画人が集う東京国際映画祭の開催がいよいよ10月25日(火)からスタートする。第29回を迎える今年もメリル・ストリープら海外のビッグスターの来日(予定)や、岩井俊二監督や細田守監督の特集など、見どころは盛りだくさん。注目を集める同映画祭だが、コンペティション部門やアジアの未来部門とともにコンペ形式の部門として設けられているのが「日本映画スプラッシュ」部門だ。こちらは、メジャーとはひと味違う、独創性や野心あふれるチャレンジを試みている日本のインディペンデント映画にスポットを当てた部門。新進気鋭の若手から、個性豊かな才人まで、さまざまなキャリアの意欲あふれる日本映画が「作品賞」を目指して集う。過去を振り返ると、同部門の前身となる「日本映画ある視点部門」時ではあるが、今回、日本映画スプラッシュ部門の審査員を務めている深田晃司監督の『歓待』、近作では第64回ベルリン国際映画祭のフォーラム部門で国際批評家連盟賞を受賞した坂本あゆみ監督の『FORMA』など、世界に通じる日本人監督の作品がいち早く紹介されている。まさに先鋭的な日本のインディペンデント映画が集結したセクションといっていい。
◆第29回東京国際映画祭
2016年10月25日(火)~11月3日(木・祝)

とりわけ日本映画スプラッシュ部門の出世作とでも言おうか。大きな反響を呼ぶに至った1作が『百円の恋』だ。
今なお多くの人を魅了してやまない俳優、松田優作の出身地、山口県で開催されている周南映画祭で創設された脚本賞「松田優作賞」の第一回グランプリを受賞したシナリオの映画化となる本作は、まずスプラッシュ部門の作品賞を受賞。その後、日本アカデミー賞では最優秀主演女優賞と最優秀脚本賞に輝き、アメリカのアカデミー賞の外国語映画賞日本代表作品に選出されるなど、まさに快進撃を続けた。ご存知のように興行面も大ヒットを記録した本作は、生き方が不器用で32歳にしてほぼ引きこもり生活を送る一子が主人公。人生のどん底まで行きついたとき、ボクシングに光を見出した彼女の起死回生の一発が描かれる。
この作品で文句なしに心を奪われるのは、一子を演じた安藤サクラにほかならない。自堕落な生活を送っていることを想起させる、ちょっと締まりのない体型が話が進むにつれ、顔つきから体形、目つきまでが研ぎ澄まされアスリート体形に豹変。“今、ここまで役をやりきる俳優がどれだけいるか?”と思わず呟きたくなる彼女の演技は、ここ数年の日本映画の中に入っても五指に入るベスト・アクトといっていいかもしれない。ある意味、その試練を課し、その演技を引き出した『イン・ザ・ヒーロー』の武正晴監督の演出もすばらしい。付け加えておくと、脚本を手掛けた足立紳は監督デビュー作の『14の夜』が今年の日本映画スプラッシュ部門に選出されている。

作品は、ある酷い過去から二度と会うまいと心に決めていた父と娘、兄と妹の2組が主人公。不意に互いと向き合うことを決意した彼らを通し、家族の再生が克明に描かれる。
ただ、この作品はよくありがちなの心温まる家族ドラマとはほど遠い。かつて母を捨て、自分の体にタバコの火を押し付けた父親に対して、娘の夏希は容赦しない。もはや立場の逆転をいいことに、余命いくばくもない父に時に罵詈雑言を浴びせ、暴力を振るう。一方、借金の取り立て屋の夏生は、家を捨てて逃げた彼を恨む妹と対峙。衝突を繰り返しながら、麻薬中毒の彼女をその魔の手から救おうと奔走する。この二組の家族の間で交わされるやり取りはすさまじい。家族だから隠せない、家族だから許せない、そんな言葉の応酬と衝突を繰り返す様は見ていて気持ちがいいとはいえない。でも、夏希が父親に吐く暴言や妹の更生を願う兄の暴力から、不思議と人間の他者への愛が浮かび上がる。
ゆえに、生易しいドラマではない。ただ、そこには絵空事やきれいごとでは済まされない、人間のリアルが存在。そこには、辛辣な切り口かもしれないが、人間への愛と家族への愛が確かに刻まれている。
また、そう感じられるものへとなった要因に役者の存在は欠かせない。中でも、父親に憎しみと愛情を抱く夏希を演じた中村映里子、そのアル中の父親を演じた光石研が衝突するシーンで、見せる二人の演技は鬼気迫るもの。もはや演技を超えて本能のままにやりあっているようにも映る彼らの演技は鮮烈な印象を残すに違いない。

ここで自堕落な男を演じているのが、個性派俳優の渋川清彦だ。今やメジャー映画からインディペンデント作品、テレビドラマまで縦横無尽の活躍をみせている彼だが、ここで演じた平山隆志はまさにはまり役。自分には甘いが人には厳しい。口ばっかりで実行力はほぼゼロ。なにかと先輩風を吹かせる。36歳だけどおっさんにみられるのは心外。そんなトホホな男を、時に中年男の哀愁を漂わせながら、時に大人になれないいまどきの男子の情けない姿を携えながら、好演している。今やバイプレイヤーとして日本映画に欠かせない存在となっている渋川清彦の本領が存分に発揮された1作といっていい。
なお、渡辺紘文監督の新作『プールサイドマン』は、今年の日本映画スプラッシュ部門に選出されている。


これまで映画にはさまざまな死神が登場していると思うが、本作に登場するのは人間に1度なってみたいと願う風変わりな死神で、なりたい理由はなんとハンバーグが食べてみたいから。で、うまいことにその死神が人間に乗り移ることに成功する。
この筋書きからすると、ドタバタコメディを想像するかもしれないが、これがちょっと違う。人間界のことはほぼ知らない。ある意味、真っ白で純真な死神は、出会った女性にも大きな愛を与えていく。また、死神である自分が必ず立ち会う死の場面で、人はなぜ涙を流し、泣くのか、悲しみの感情がわからないことからその意味を探る死神。そんな彼の姿から、限りある時間と人間の愛おしさが導きだされる。
その作風は、コメディを基調としたエンターテイメント作ながらも、純愛ラブストーリーにもとれるユニークな作品に仕上がっている。
手がけた塩出太志監督は、これがデビュー作となる新鋭。ひとつ間違うとべたな内容になりそうな死神という題材を、人間喜劇に仕立てたストーリーテラーとしての手腕、随所に盛り込まれたアクション・シーンの演出も力量を感じさせ、その才能は注目しておいて損はない。

Writer | 水上賢治
映画を主としたライター。基本的にどんな映画でも見るが、中でもドキュメンタリーやインディペンデントを中心にした日本映画を愛する。現在はウェブ「ぴあ映画生活」「リアルサウンド映画部」や雑誌「AJ」、テレビガイド誌などで執筆中。PFFセレクションメンバーの経験あり。Banner
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