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10代の孤独で瑞々しい感性が紡ぐ、思春期映画4選

2017.06.02(Fri) | 大和晶

自我が芽生え、自分は何者なのかと真剣に考えはじめる10代。もう、子供時代のように無邪気ではいられず、さりとて大人のように巧く立ち回ることもできない。自分の無力さに苛立ち、不安感を募らせ、怒りと哀しみを内に抱え込む少年少女たち。人生で最も多感な瑞々しい感性と、大人が思う以上に孤独な魂は、時として、イマジネーションあふれる壮大な物語を紡ぎ出していく。

真夜中に突然現れたイチイの木の怪物が少年の秘めたる心の闇をあぶり出すダーク・ファンタジー傑作 『怪物はささやく』
怪物はささやく
 時計が12時7分を刻んだ真夜中に、それは、吹き荒れる風と地響きを伴ってコナーの家にやって来た。丘の上のイチイの巨木の怪物らしいそれは、「3つの物語を聞かせるから、4つ目はお前が話せ。真実の物語を」とコナーに迫る。かくして、怪物とコナーの悪夢にも似た奇妙な駆け引きの幕が開く。

 12歳のコナーは、難病を患う母と二人暮らし。父親は、母と離婚後、アメリカに渡って再婚し、母の入院で預けられた厳格な祖母とは反りが合わない。学校に行けば、同級生から理不尽な嫌がらせを受けるコナーには、どこにも自分の居場所がなかった。映画は、怪物が語る物語を、淡い色彩のアニメーションで童話タッチに綴りつつ、予想を裏切る残酷な結末を用意。コナーの置かれたシビアな現実とシンクロさせて、その隠された本音を引出し浮彫りにしていく。そして、真っ昼間の学校で展開する3つ目。その前夜、祖母が大切にしている振り子時計を皮切りに、壺や家具など手当り次第に破壊し尽くしたコナーは、その暴力の矛先を苛めっ子に向ける。それは、あまりにも生々しいコナー自身の物語だった。

 さらに、コナー自らが語ることを強制された4つ目。病気の母親を何とか助けたいと願う、健気な少年の中に潜む、切実で絶望的なもう一つの願望…。怪物は、この辛い現実から逃れたい、息詰まるような苦しみから解放されたいという、コナーの身を引き裂かれるような痛みが創り出した、ある意味では彼の救世主なのかもしれない。陰影と透明感を兼ね備えた幻想的な映像と、リアルな感情が横溢する卓越したストーリーテリングが、ファンタジーの枠を超えて、観客の心の琴線を揺さぶりかき鳴らすことだろう。

◆『怪物はささやく
6月9日(金) TOHOシネマズ みゆき座 他 全国ロードショー
(C)2016 APACHES ENTERTAINMENT, SL; TELECINCO CINEMA, SLU; A MONSTER CALLS, AIE; PELICULAS LA TRINI, SLU.All rights reserved.
苛酷な現実世界に背を向け魔法の世界に希望を見出そうとする少女が誘う迷宮ワールド 『パンズ・ラビリンス』
パンズ・ラビリンス
 1944年、フランコ独裁政権下のスペイン。父を亡くした空想好きな少女オフェリアは、臨月を迎えた母と共に、その再婚相手であるビダル大尉がいる山奥の駐屯地に身を寄せる。知る人もなく、体調を崩した母を心配しながら、夜更けに森を彷徨う彼女は、そこで山羊の姿をしたパン(牧神)に出会う。「あなたは魔法の国のプリンセスにちがいない」。パンにそう告げられ、それを確かめるための3つの試練に立ち向かうオフェリア。

 枯れかけた巨木の根っこに居座る、お腹の中に黄金の鍵を忍ばせた巨大カエル。人間になることを夢見る不思議な植物マンドラゴラ。壁の向う側に広がる奇妙な空間でオフェリアを待ち受ける、小さな道先案内人と豪華な食卓にうずくまる不気味な化け物。スペインの奇才ギルレモ・デル・トロ監督が放った本作は、現実と幻想が迷宮のように複雑に絡み合い、観る者を眩惑。その境界線も曖昧なままに、闇の奥底へと引きずり込む。その背後に色濃く影を落とす、血生臭く死臭漂う、抑圧された不穏な時代は、12歳の幼気な少女をも容赦はしない。絶え間なくオフェリアを脅かす、残忍で冷酷無比なビダル大尉の存在は、その象徴と言えるだろう。デル・トロ監督ならではの独創的な世界観で描き出す、無情にして美しく寓意に満ちた、大人のためのファンタジーである。
駆け落ちを決行した12歳の少年少女が大人たちを巻き込んで繰り広げるひと夏の冒険譚 『ムーンライズ・キングダム』
ムーンライズ・キングダム
 時は1960年代半ば。舞台は、アメリカ・ニューイングランド沖に浮かぶニューペンザンス島。地元っ娘のスージーと、毎年夏休みに島のキャンプ場を訪れるボーイスカウト隊員サムは、ある朝駆け落ちを決行する。2人の出会いは1年前、教会で上演されたお芝居「ノアの箱船」がきっかけだ。ひと目で恋に落ちた彼らは、文通を通してこの日を念入りに計画。目指すのは、誰も知らない美しい入り江ムーンライズ・キングダムだった。

 12歳の子供が駆け落ち!?と驚き呆れ、島で唯一の警官、シャープ警部やボーイスカウトのリーダー、ウォード隊長、スージーの両親らは右往左往。互いに責任を擦り付け合い、大喧嘩を始める始末だ。けれど、その純粋で迷いのない行動力こそ、思春期パワーのなせるところで、大人の常識は通用しない。そもそも、2人を駆り立てた大きな要因とは?口やかましい父親とせわしない母親、がさつで喧しい弟3人に囲まれて孤立するスージーと、問題児サムの養育を簡単に放棄する里親との関係で、疎外感を拭えないサム。寄る辺ない寂しさと、感受性が豊かだからこそ、いっそう深く傷ついた心を癒せるのは、同じ痛みを分かち合える彼、彼女しかいないだろう。

 たった2人きりの入り江で、海に飛び込み、絵を描き、本を読んで、夢を語り合いながらダンスを楽しみ、ファーストキスに頬を染める、サムとスージーが初々しく微笑ましい。かつての初恋のときめきが蘇るような、ホノボノとした余韻が愛おしい1本だ。
人と人が繋がる大切さと誰かを信じ頼り守ってもらえる小さな幸せを温かく見つめた 『少年と自転車』
少年と自転車
 間もなく12歳を迎える少年シリルの唯一の願いは、自分を児童養護施設に預けたまま音信不通の父親を見つけて、再び一緒に暮らすこと。けれど、以前父に買ってもらった自転車を手がかりに、ようやく探し出した父親はけんもほろろ。もう会いに来るなと、息子を冷たく突き放す。偶然の出会いから、シリルの週末里親になり、父子再会に立ち会った女性サマンサは、深く傷ついてうなだれるシリルを放っておけない。これまで以上にシリルと真摯に向き合い、恋人との関係がギクシャクするほど、シリルとの心の交流を深めようとする。

 生まれて初めて、自分を本気で守ってくれる信頼できる大人を得て、荒んで投げやりだったシリルに、少しずつ子供らしい笑顔が戻ってくる。やっと思春期にさしかかった傷つきやすいシリルには、まだまだ傍で見守る保護者が必要なのだ。かたや、自分の中に潜在する母性に気づき、誰かを守る責任とその充実した喜びに目覚めるサマンサ。いつしか母子にも似た愛情と絆を育んでいく2人を、ダルデンヌ兄弟監督は、繊細な感情の綾も細やかに丁寧に綴っていく。彼らが仲良く並び、あるいは前後しながら自転車を漕ぐ姿が、何ともさわやかで心を和ませる。

誰もがかつて通過してきた思春期。年齢を経るにつれて忘れがちのその頃の、多感な感性のきらめきと、明日に向かう生命力のほとばしりは、失って初めて気づく、人生に唯一無二の宝物かもしれない。

Writer | 大和晶

1989年から映画ライターの活動を開始。97年~06年、アジア映画専門誌「Movie Gong」で映画紹介、監督・俳優インタビュー、撮影現場取材を多数手がける。以降、シネマ倶楽部、Kappo、図書新聞、公明新聞、仏語学校HP、プレス、劇場用パンフなどに映画・DVD紹介を執筆。90年より毎年カンヌ国際映画祭にプレスとして参加。

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