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今という時代になってきたからこそ日常的に見てほしいセクシャルマイノリティ映画 VOL.2

2017.08.04(Fri) | 仲谷暢之

レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クエッショニングまたはクイアの略で性的マイノリティを表す“LGBTQ”という言葉を聞く機会が増えたと思います。
実はLGBTQをテーマにしたり、匂わせたりしているものは昔からあり、それは映画というが芸術が始まった頃からありました。先人たちは当時、まだなかなか公にはできないセクシャリティをあらゆるテクニックを使い表現、主張してきました。性的マイノリティの観客はそういった映画の行間を読み取り共有することで、その作品の持つ“意味”を理解しようとしていました。
そして現在、昔から比べるとLGBTQを取り扱う作品は増え、表現も直接的にバラエティに富むようになりました。ということで前回に引き続き、青山シアターで見ることができるLGBTQ映画をご紹介します。

「アタック・ナンバーハーフ・デラックス」
アタックナンバーハーフ デラックス
2001年に公開され話題になった「アタック・ナンバーハーフ」の14年ぶりのシリーズ第3弾。とはいえ全シリーズとは設定だけで出演者は総入れ替え。しかもタイのイケメン俳優たちが個性の強いオネェキャラを演じているのがミソ。

タイで実在するゲイばかりのバレーボールチーム、サトリーレックをモデルにしてバレー界の頂点を目指すべく、レズビアンの監督からの呼び声でかつての教え子からその友人たちバレーに精通する猛者たちを招集するけれど、様々な危機がゲイたちを降りかかる!果たしてサトリーレックはタイバレー界の頂点を目指せるのかって話。

とにかく、とにかく!ゲイキャラたちの個性が溢れていてまさにスパークルな感じ。ギャグも前シリーズとは比べ物にならないくらい下ネタ満開のドタバタで、演じる俳優さんたちも体を張って全力投球。

特にほんまはイケメンやのに毒舌イケイケのカントークと、超マッチョオネエのヌ、そして存在自体がもうちょっとやばいよねのキショガリ系ノイナーは、日本のゲイたちの中にもおるよね~と共感しながら大笑い。とはいえ、ただゲイを謳歌している、タイはゲイに寛大であるという部分だけではない陰の部分もしっかり描いているのがただのドタバタコメディでないところ。ゲイを絶対許さない母親にカムアウトできないトムの苦悩や、ゲイだからと言ってバレーの試合に出場を阻もうとする面々の存在などはタイでも都会は許容されているけれど、地方に行けばまだまだ理解されないのだなぁとリアルなゲイ事情を垣間見た感じ。

蛇足だけど、この映画の解説や感想などを読むと“オカマ”“オカマたち”という表現が多々見かけて正直、この言葉が当事者ならともかく他者が書くと侮蔑的であると再認識。

併せて見ていただきたいのはやはりサトリーレックの活動を描いた「アタック・ナンバーハーフ」を。三つ子のオネェの存在感最高です。
「人生は小説よりも奇なり」
人生は小説よりも奇なり
ジョン・リスゴーを初めて見たのはジョン・アーヴィング原作小説の映画化「ガープの世界」で、性別適合手術を受けた元フットボール選手を演じていた。最初は男性だと思わず、アゴのしゃくれた女性だなぁと思っていたので、母性に溢れたその見事な演技に感動を覚えたほど。その後は性格俳優としてキャリアを積み、歳を重ねていた彼をナマで見たのが旅行で訪れたニューヨークのブロードウェイで見た舞台。
日本でも公開された映画「ペテン師と詐欺師/だまされてリビエラ」のミュージカル化「Dirty Rotten Scoundrels」でエレガントな詐欺師を演じていた。この人ってこんなにも踊れて歌が上手いんだと改めてジョン・リスゴーという俳優に魅力を感じていたのですが、やはり老境に差し掛かるとどうしても脇役に回る方が多く少し残念に思っていたときに、同じく老境へと足を踏み入れていたアルフレッド・モリーナと二枚看板で主演したのが今作。
 かくいうアルフレッド・モリーナも1987年に公開された「プリック・アップ」というアーティスト同士のゲイカップルを描いた作品で役者として注目されたクチ。芸達者同士がゲイ達者ぶりを演じるなんて、きっと本人たちが飛び上がるほど嬉しかったに違いないと思えるくらい素晴らしい演技を繰り広げています。

ニューヨーク、マンハッタンで40年近くパートナーとして関係を続けてきたベンとジョージの老カップル。同性婚が合法化されたことでついに結婚することに。余生を幸せに暮らそうとしていた矢先、音楽教師のジョージは教鞭をとっていたカトリック学校から宗教を理由にクビにされてしまうことに。で、結局、お互いの甥や知人の家に居候することに。熟年カップルとはいえ新婚。でも居候ということで人生の歯車が徐々に狂ってしまい居場所を見つけるために二人は奔走するが・・・という話。

ゲイにとってはとてもビターな映画。同性婚を望んでいたカップルにとってもそうだし、これから歳をとって老後をどうしたらいいかと不安を抱いているゲイにとってもそう。特に都会で暮らすことに慣れてしまったゲイはこのふたりが郊外ではなくマンハッタンに暮らしたいと意地になる部分は痛いほどわかるはず。でもそれが金銭的な部分で可能ではなくなるツラさ。都会に住み、常に芸術に囲まれ、親しみ、スノッブに生きてきた老人ゲイ夫婦が直面する現実はあまりにも厳しい。

アルフレッド・モリーナ扮するベンが現実に立ち向かおうとする反面、ジョン・リスゴー扮するジョージはツラいツラいと嘆くばかりのどこかお姫様気質。このふたりのゲイのキャラクターが本当によく描かれていて絶品。そしてジョージの甥の妻であるケイトを演じるマリサ・トメイのいかにもニューヨークで暮らし、子供を育て、ゲイにも理解を示すけれど他人が家庭に入ってきた時の変わりようがこれまた素晴らしい!

物語の終盤はさらにビターだけど、ニューヨークという街が「It’s all right!」と、納得させてくれる空気感を漂わせている。

やはりジョン・リスゴーの名演、さらにグレン・クローズの怪演も見れる「ガープの世界」とアルフレッド・モリーナがゲイリー・オールドマンとカップルに扮した「プリック・アップ」を併せて見て欲しいです。
「ブルーノ」
ブルーノ
オーストリアのゲイのファッションリポーター、ブルーノ。取材で訪れたミラノコレクションで起こしたアクシデントが原因で番組をクビに。さらに恋人にもフラれた彼は一念発起し、ヒットラー以来のオーストリアのセレブリティになったるとアメリカに渡り、有名になるためには手段を選ばずありとあらゆる場所へ訪れ、人に会いに行き騒動を起こすというモキュメンタリー作品。

これまでにも白人ラッパーに扮した「アリ・G」やカザフスタンジャーナリストに扮した「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのための文化学習」などでその人物になりきって一般人や有名人へドッキリ的な仕掛けをし、映画にしてきたサシャ・バロン・コーエンが、今回はゲイを演じるということで、やはりこれは見ておかないとと、公開時劇場へ足を運んだ・・・そして見終わり・・・、ただただ不快でした。が、今回あらためて見るとやはり不快要素はまんちくりんだけど実はかなり辛辣なメッセージが散りばめられていて、当時はこう表現せざる得ない状況だったんだんだなぁと年数を経て理解できたシーンも数々。特に、アメリカの神を信じてやまない低所得者のホモフォビアの観客を前に、金網で囲まれた八角形のリングの中で繰り広げられる格闘技・・・が、突然その中でブルーノと彼のアシスタントは闘うのではなくラブシーンを繰り広げる。それを目の当たりにして、観客たちは泣き叫び大暴動!これはある意味、痛快。

とはいえ“やりすぎ”。目を背けたくなるシーンもたくさん。げんなりするシーンもたくさん。ゲイだからって何してもいいってもんやないよと説教したいくらい。それでも最後まで見ることができたのは結果としてブルーノが社会のトゥマッチな“?”だと思う部分をおちょくり、人間の本性をあからさまに見せてくれたからだと思う。さらにエンディングに待ってる無駄に豪華なミュージシャンが登場するエンディング曲に少しホロリとさせてくれるから。

併せて見てほしいのは石野卓球さんがこの映画が好きだったということで「DENKI GROOVE THE MOVIE? -石野卓球とピエール瀧-」。電気グループのヒストリームービーで「ブルーノ」の共通点も感じ取れるはず。
「不機嫌なママにメルシィ」
不機嫌なママにメルシィ
出演のみならず監督も務めたのは、前回紹介した「サンローラン」とはまた違う映画「イブ・サンローラン」でサンローランの恋人でビジネスパートナーだったピエール・ベルジェを演じたギヨーム・ガリエンヌ。そんな彼の自伝的ストーリーというから正直びっくり。

小さい頃より母親から女の子として育てられた主人公ギヨームは、自分は女の子だという自覚で生きてきた。けれど周りはそうとは認めないし、なんならゲイだと。
成長にするにつれ自分はゲイなの?ゲイなのかな?ええいゲイになるんだ!と、あらゆる努力をして見るけれど実は・・・というちょっと複雑な話。
しかもこれ元は舞台として演じられ、映画の展開もこれから舞台に出て、自分の幼少の頃からを演じるというメタ劇にもなっている。さらに強烈な個性の持ち主の母親役を演じるのもギヨーム自身というなんとも端から端までギヨーム・ガリエンヌのプレゼンみたいな作品。そして実は彼自身、いまだにアイデンティティを探しているんじゃないだろうかと思える作品でもあります。

若い頃を演じるギヨームはさすがにちょっとキツイけれど、お母さん役を演じるギヨームは絶品!最初、彼が演じているとはわからなかったほど。調べて見たらフランスのテレビ番組でもしょっちゅう様々な女性を演じているからお手の物なのだろう。男性が演じる大仰な女性の手つきや仕草ではなく本当に自然な妙齢女性の動きが本当に素晴らしい。特に歩く姿、座って足を組む様はよくチェックしてほしいです。

併せて見てほしいのは「ヘアスプレー」や「キンキー・ブーツ」と言ったミュージカルの脚本家でもおなじみのハーヴェイ・ファイアスタインが自分の人生を戯曲化し映画化した「トーチソング・トリロジー」を。ニューヨークで生きるゲイとその母親との葛藤を描いた話で、母親の違いをじっくり比べてほしいです。
「彼は秘密の女ともだち」
彼は秘密の女ともだち
前回ぼくを葬るを紹介したフランソワ・オゾン監督の今作は、妻を亡くした夫。その妻と大親友だった女性との物語。
親友を亡くし、喪失感だけの日々を送るクレールが、夫の助言で親友の夫ダヴィッドとその子どもを見舞いに。訪ねた家にはダヴィッドの姿はなく、女性がひとり。よく見ると女装したダヴィッドだった・・・。

この話もなかなかの複雑な心理が蠢いている。もともと女装癖があったダヴィッドが、子どもには母親が必要だろうと自分の中では必然的な理由で女性になっているという展開がまず衝撃。そして彼の女装姿を見て拒絶するものの、その行為を受け入れ、次第にその秘密を共有する関係を持つようになるクレールにも衝撃。

自分の夫には何も不満はないもののどこか満たされないものも感じていたところに親友の死。さらにその死がきっかけに親友の夫の秘密を知ってしまうことが彼女の満たされなかった“何か”にゆっくりと、波紋が広がっていく様がヨーロッパ映画だなぁと思ってしまいました。

そしてもうひとつ感じたのはアルフレッド・ヒッチコック監督の「レベッカ」の匂い。亡くなったレベッカ、そして彼女の夫、レベッカに仕えていたダンヴァース夫人、そしてわたしとの関係は、設定は違うとはいえリンクしてるように思えました。特にダンヴァース夫人の存在はある意味、ダヴィッドが女装した時の人物とダブってニヤリ。

エンディングはなるほどなぁとこれまたニンマリ。その解釈をどう取るかは、映画を見て考えてほしいなと思いました。

ぜひ併せてみてほしいのは、ある瞬間から女性として生きようとし、世界初の性別適合手術を受けたアイナー・ヴェイナーをエディ・レッドメインが熱演した「リリーのすべて」を!
「人生はビギナーズ」
人生はビギナーズ
奥手な独身中年男子オリヴァーに扮するユアン・マクレガー、そんな彼が母親が亡くなって5年ほど経ったある日、父親から突然、「実はゲイだった」とカムアウトされ、年下の恋人とともに幸せな毎日を送っているからという報告を受ける。突然のことに状況を把握できない反面、父親を羨ましく思ってくるオリヴァー。自身は恋愛に対して撃沈ばかり。このまま犬のアーサーとともに孤独に生きていくのかなぁとジワジワと焦る彼が、パーティで出会ったフランス人女優のアナ。奥手返上で付き合い始めるもアナ自身も父親に対して深い闇を抱えており、ともに父親に対して複雑な心情が恋愛にも影響していくものの、それをなんとか克服し、解決しようと歩み出すというストーリー。

「ピーター・グリーナウェイの枕草子」では男の愛人を演じ、「べルベット・ゴールド・マイン」ではグラムロックアーティスト。そしてジム・キャリーとカップルを演じた「フィリップ君を愛してる」と言った作品でもゲイ的要素ある作品に出演してきたユアン・マクレガーが今回は父親からカムアウトされる息子を演じている。終始困った顔であーだこーだと悩む彼の姿はとてもしっくりくる。アグレッシブな役よりもウケの役の方が似合うと言われている彼の真骨頂的役柄。

そして、「サウンド・オブ・ミュージック」など数々の名作に出演しいまだ現役バリバリのクリストファー・プラマーの堂々としたゲイっぷり。「人生は小説よりも奇なり」の老カップルはゲイとして枯れていく自分たちはこれから寄り添うように生きますという哀愁が漂っているのだけれど、こちらは前向き。まさにそれまで秘密にしてきたことを一切合切解放し、取り返さないとソンとでもばかり謳歌している。しかもイケメン年下男もしっかり見つけて。

その父親を見ているとゲイたちにとって今はなんと生きやすい世の中になったんだろうと改めて思う。ほんの数十年前までは病気であり、犯罪者であり、異端者だったゲイ。それだけに父親が人生を再出発し、自分に正直に生きようとしている姿は主人公のオリヴァーもそうだったけれど、見ている者も活力が与えられるはず。

父親は結局、末期ガンが発覚し、ホスピスで過ごすことになるけれど、それでも息子に対して助言をし、謝罪し、そして愛に生きようとする前向きな態度はオリヴァーでなくて心も絆される。 個人的にはホスピスにて、介護士のヘアスタイルを褒めた父親が、その彼にムースでヘアスタイルを整えてもらうシーンに涙した。こういう説明しすぎないシンプルなやり取りにゲイは共感したりします。

併せて見てほしいのは「べルベット・ゴールド・マイン」。攻めのユアン・マクレガーを堪能し、なおかつボーイズ・ラブな世界も垣間見れます。
「チョコレートドーナツ」
チョコレートドーナツ
ゲイと公言しているアラン・カミング、一世一代の名演技というか、演技を超えた奇跡のような気がするのが今作。1979年、シンガーを夢見てショーパブでドラァグクイーンとしてパフォーマンスを繰り広げるアラン・カミング演じるルディが隠れゲイの検事、ポールと付き合い始め、そんな時に隣人の部屋に住むダウン症の少年マルコとも知り合い、彼の家庭環境を知ると甲斐甲斐しく世話をしてあげるように。
やがて彼の母親が危険薬物で逮捕されたのをきっかけにマルコの監護者として面倒を見るようになり、ポールと3人の慎ましやかだけど幸せな日々を送る。しかしそれはあるきっかけで脆くも崩れ去ってしまうことに・・・。
まだまだゲイに偏見のあった時代、残酷さを突きつけられたかのよう。

ハリウッド映画史上において初めてゲイをリアルに正面から描いた「真夜中のパーティ」という作品は70年代、ニューヨークで生きるゲイたちの誕生パーティを通して当時の生きにくいゲイの人生を描いた作品だけどその匂いが、この映画にも漂っています。
マイノリティを好奇の目でしか見ること、語ることしかできない世間や社会。マルコをめぐる裁判の場面では胸がえぐられるようなやりとりが繰り広げられやるせない。

日本では今年4月、全国で初めて大阪でゲイカップルの里親が認められたというニュースがあったけれど、まだまだそういう部分は遅れているなぁと、この映画を見て思いました。

マルコを演じるアイザック・レイヴァも実際にダウン症の少年。彼の一途な演技も素晴らしいですが、先輩でいえば八日目で仕事一途な男性とダウン症の青年との友情を描いた「八日目」のパスカル・デュケンヌも素晴らしいので併せて見ていただきたいです。
「トム・アット・ザ・ファーム」
トム・アット・ザ・ファーム
若きイケメン天才映像作家と言われる、グザヴィエ・ドラン監督の作品も青山シアターでは見ることできますが、今回は「トム・アット・ザ・ファーム」を。

交通事故で亡くなったパートナー、ギヨームの葬儀に参列するために彼の実家を訪れた主人公トム。が、彼の家に漂う不穏で陰鬱とした空気。
温かく迎えられたのもつかの間、なんだか様子が変だと思ったトムは葬儀が済んだら即帰ろうとすると、ギヨームの兄フランシスから、ギヨームとの関係を知っているぞ!それがばれたくなければこの家にとどまれと強要され、しばらくいることに。するとわかってくる事実。

田舎町という閉塞感ある空間でゲイという存在は本人のみならず家族でさえも奇異な目で見られ、晒され、攻撃されるという怖さ。そのことで神経が病んでいく家族のツラさ。

地方に住んでいる僕の友人もこの映画を見てツラすぎて泣いたと言っていた。彼は結婚をしている既婚者ゲイで、家のために自分を殺して結婚したとも言ってた。ゲイであることがわかると自分はそこでは暮らしていけない。自分だけならまだしも家族も白い目で見られるとも。
それがこの映画を通してリアルな言葉として思い出されました。

オーストラリアのドラァグクイーンの道中記を描いた「プリシラ」という映画ではテレンス・スタンプ演じる年長の性転換者バーナデットが「私たちは都会の壁に守られないと生きていけない」と言ってたのですが、まだまだ性的マイノリティたちは地方で暮らすにはまだまだ住みづらい時代。
いつそんな時代が来るのだろうと考えつつ、でも確かに少しづつだけど受け入れられる基盤はできて言ってる気はします。

ぜひグザヴィエ・ドラン監督の胸騒ぎの恋人」「マイ・マザー」「わたしはロランスを併せて見て感じ取って欲しいです。

前編、後編と青山シアターの中で見られるLGBTの作品をご紹介しましたが、まだまだあります。このシアターをきっかけにしてもっともっとLGBTQの作品に触れて、理解をして欲しいなぁと思います。
前編はこちら

Writer | 仲谷暢之

ライター、関西を中心に映画や演劇、お笑い、料理ネタなどなどいろいろ書いてます。

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