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自分を信じて意志を貫き 歴史に名を刻んだ女たち

2017.09.27(Wed) | 大和晶

どんな時代もどこの社会でも、逆境にめげずに打ち勝ち何かを大成することは容易ではない。日々弛まぬ努力と強靭な精神力。案外、社会のマイノリティと言われる人ほどそういうパワーを備え、新たな時代を築く原動力になっていくものではないだろうか。

アメリカ宇宙開発の偉業に貢献した 知られざる黒人女性3人の真実の物語『ドリーム』
ドリーム
1960年代、ヴァージニア州ハンプトン。ソ連との宇宙開発競争に鎬を削るNASAのラングレー研究所に集められた、頭脳明晰な黒人の女性数学者グループ。数学の天才少女と言われたキャサリンは、類稀な計算能力を買われて、特別研究本部の中心的メンバーに抜擢されるも、そこは白人男性中心の職場で、黒人で女の彼女の居場所はなかった。同僚のドロシーとメアリーも、自分の才能を活かした職に就こうとするが、理不尽な人種&女性差別の壁に阻まれ思うようにいかない。それでも3人は自分の能力を信じて挫けることなく、互いに励まし支え合いながら、アメリカ初の地球周回軌道飛行の夢を追いかけ、その偉業の成功に向けて日々奮闘。1962年2月20日、宇宙飛行士ジョン・グレンが偉業に挑む当日に、想定外のトラブルが発生。グレンの信頼を得たキャサリンは、コンピュータさえ間違った予測軌道位置の重要な計算を短時間でやり遂げ、宇宙開発にかけたアメリカ総体の夢を実現へと導く。その後、キャサリンたちは驕ることなく努力を重ね、様々な側面でアメリカ史上における最初の黒人女性として、新たな第一歩を踏み出し歴史にその名を残す。同時に、後陣に可能性への扉を大きく開け放していったのだ。もし彼女たちの存在がなかったら、アメリカの人種&性差別撤廃は、もう少し遅れていたかもしれない。そう思えてくるくらい、彼女たちが後に続く黒人女性たちにもたらした勇気と希望は、半端ではないだろう。

◆『ドリーム
9月29日全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
(C) 2016 Twentieth Century Fox Film
砂漠に魅了されたイギリス貴婦人ガートルード・ベルの軌跡を追う『アラビアの女王 愛と宿命の日々』
アラビアの女王
新たな時代のうねりが押し寄せる20世紀初頭。オックスフォード大学を首席で卒業し、社交界にデビューしたガートルード・ベルは、男性の戦利品でしかない英国上流社会の女性のあり方に疑問を持ち、世界を知り見聞を広めることを望んで、ペルシャ(現イラク)へ旅立つ。好奇心旺盛で自由で柔軟な精神の持ち主である彼女は、砂漠の虜となってその地に根付き情熱を注いで、やがて地元の人々に「イラク建国の母」「砂漠の女王」と称されるようになる。彼女は、アラブの遊牧民をオスマン帝国の支配下から解放し、国境線を引くことで、アラビア半島の平和に尽力した。その一方で、映画『アラビアのロレンス』で知られるT.E.ロレンスとの運命の恋に身を焦がし、周囲の反対を押し切って砂漠縦断の旅を敢行。強く美しく毅然としてカリスマ性を備えたガートルード・ベルを、オスカー女優ニコール・キッドマンがハマりで熱演。キッドマンもまた、好奇心が強く冒険心に富んだ「砂漠の女王」的女性なのかもしれない。実際彼女は、今までになかった新鮮なテイストをハリウッドに持ち込んだ、革新的美人女優と言える。
現代のシンデレラなる華やかなイメージとは裏腹に、孤軍奮闘して夭逝した美しき戦士の素顔『ダイアナ』
ダイアナ
1981年、20歳の可憐なプリンセスの誕生に英国中が沸き返ってから16年後。1997年8月31日、パリで起こった交通事故で、元イギリス皇太子妃ダイアナは、36歳の短い生涯に幕を引いた。現代のシンデレラストーリーを地でいくはずのダイアナに、その間に何があったのか?ウィリアム王子とヘンリー王子の出産と、夫チャールズの不倫発覚に離婚。息子たちと引き離された寂しさと、四六時中つきまとうマスコミとの闘い。離婚を機に自分の人生を歩む自立した女性になろうと人道支援に邁進するダイアナを非難攻撃する、自分たちとはそぐわない政治的活動を認めない保守派政治家たち。もともと宮殿の生活や王室の古い因習に慣れずに孤立していたダイアナには、近辺に理解者はいなかった。そんな折に出会った、心臓外科医ハスナット・カーンは、彼女の思いを理解し応援してくれる。彼に瞬く間に心惹かれていくダイアナ。だが、パパラッチに追いかけられる彼女との恋路が、ハスナットの医者人生まで脅かしはじめる。そして運命の日…。映画で観る限り、元皇太子妃ダイアナは、最後の最後まで、自分の意志で自分らしく生きることを諦めなかったように思える。だからこそ彼女は、今もなお世界中の人々の記憶に活き活きと息づき、様々なメディアを通して流れる生前の姿が、多くの人の感動と共感を喚起するのにちがいない。
自分の学者キャリアの失墜と命の危険を顧みず、自説を曲げなかったユダヤ人哲学者『ハンナ・アーレント』
ハンナ・アーレント
ユダヤ人家庭に生まれ育ち、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出してアメリカに亡命した、高名な女性哲学者ハンナ・アーレント。1960年、何百万もユダヤ人を収容所送りにしたナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが、逃亡先のアルゼンチンで逮捕される。翌年,イスラエルで開かれたアイヒマンの歴史的裁判を、ハンナは自ら希望して傍聴。1963年に、その裁判レポートをザ・ニューヨーカー誌は5回に分けて連載した。ところが、アイヒマンの“悪の凡庸さ”というハンナの提唱が彼を擁護しているとみなされて物議を醸し、彼女は世界中からバッシングを受ける。さらには、家族同然の仲間や旧友にまで絶縁され、大学教授の座も追われることに。日々舞い込む誹謗中傷の手紙や脅迫状。それでも、彼女は「考えることで、人間は強くなる」という信念をもとに、悪とは、愛とは、人間とは、を問い続けた。同じ年に単行本として出版された「イェルサレムのアイヒマン=悪の陳腐さについての報告」は、今ではホロコースト研究の最重要文献のひとつである。どうしてハンナはこんなにも強くなれたのだろう。それはたぶん、自分の知識と信念以外には何物にも断固として服従しない、という確固たる意志を持っていたからだろう。これに対し、彼女が“悪の凡庸さ”と表現したアイヒマンは、自分で思考することを放棄し、上官の命令に盲目的に服従することを選んだ、従順なだけの人物だった。つまり、もしハンナが世間の誹謗中傷に屈して自説を引っ込めてしまったら、彼女はアイヒマンと同類になってしまう。それだけは避けたかったにちがいない。そしてここに、ハンナが現代人に贈った重要なメッセージがある。1人1人が思考することを止め、ただ服従するだけの従順な人間になったら、たちまちナチズムは復活し、暗い戦争の時代が再来するだろう。しっかりと胸に刻み込もう。

自分を信じ信念を曲げず夢を追いかけ続けることは、そう容易くはない。だが、先人に倣って少し頑張ってみるのもいいのではないか。少なくとも、自分の考えに従って行動する、自立した人間でありたいものだ。

Writer | 大和晶

1989年から映画ライターの活動を開始。97年~06年、アジア映画専門誌「Movie Gong」で映画紹介、監督・俳優インタビュー、撮影現場取材を多数手がける。以降、シネマ倶楽部、Kappo、図書新聞、公明新聞、仏語学校HP、プレス、劇場用パンフなどに映画・DVD紹介を執筆。90年より毎年カンヌ国際映画祭にプレスとして参加。

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