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ナチス政権の裏に遺された真実のドラマ

2017.12.08(Fri) | 春錵かつら

「独裁者」の代名詞、アドルフ・ヒトラー。1933年から1945年にかけての彼の政治生命の中で、第二次世界大戦を引き起こすきっかけを作った人物でもあり、その第二次大戦中、彼が率いる党“ナチスドイツ”がユダヤ人に対して行った大虐殺「ホロコースト(ショア)」はその悪行の最たるもの。史上最悪の差別主義者のその名を知らない人はいないでしょう。
ヒトラーやナチスドイツを題材とした映画もこれまで数えられないほど製作されていますが、今もなお、新作映画の製作はとどまることを知りません。
それはつまり、それだけの人生のドラマが存在したことを意味しています。アウシュビッツ収容所だけで犠牲者は110万人。この大虐殺全体での犠牲者数は400万人とも700万人とも言われています。それも、一人の男の、狂気によって。
第二次大戦の最後の年に投下された広島の原爆での死者は約14万人、長崎の原爆での死者は7.5万人と聞けば、その悲劇の凄惨さにも想像が及ぶのではないでしょうか。
中には誰に語られることもない人のドラマも無数に存在するでしょう。今回は12月15日(金)に公開する『ユダヤ人を救った動物園 ~アントニーナが愛した命~』をふまえ、映画で描かれたナチス政権の裏に遺されたドラマをいくつか紹介しようと思います。

命はみな等しく、尊い『ユダヤ人を救った動物園 ~アントニーナが愛した命~』
ユダヤ人を救った動物園
ヒトラーがその権力を存分に行使した第二次世界大戦は、1939年から1945年の6年に渡り、世界の61カ国が参戦する巨大な戦争へと拡大しました。中でもいちばんの犠牲者を生んだのはポーランド。ポーランドに住むユダヤ人の約90%がナチスドイツによって殺害されたと言われています。公開を間近に控えた本作は、そのポーランドが舞台。

ドイツ占領下のワルシャワで動物園を営むヤン・ジャビンスキと妻のアントニーナ。戦火に巻き込まれて命を失った動物だけでなく、危険と判断された動物たちも処分され途方に暮れる中、ヤンは国内軍のレジスタンスに加わり、アントニーナと共にユダヤ人たちを動物園に匿い、脱出の支援を始めます。ドイツ兵のためのという名目で始めた養豚の飼料運びにユダヤ人を紛れ込ませ、ひとり、またひとりと、迎え入れます。
アントニーナを演じたのはゼロ・ダーク・サーティー『インターステラー』のジェシカ・チャスティン。本当に動物と心が通い合ってるように見える動物と触れ合うシーンは必見。命を慈しみ、どの命も平等に尊ぶアントニーナの“人となり”が垣間見えます。
「人は不安だとすぐ逃げたがる」
彼女が劇中で発したこの一言ですが、決して社交的とも強気な人とも言えない彼女の内に秘めた正義と芯の強さが表われています。
『シンドラーのリスト』に杉原千畝、多くのユダヤ人を救った人たちに彼らの名前が挙がりますが、彼女もまた、その偉業を命がけで成し遂げたひとりでした。彼女が救ったユダヤ人の数は300人にも上ります。

◆『ユダヤ人を救った動物園 ~アントニーナが愛した命~
2017年12月15日(金)公開
(C)2017 ZOOKEEPER’S WIFE LP. ALL RIGHTS RESERVED.
名画を通して過去の亡霊と向き合う『黄金のアデーレ 名画の帰還』
黄金のアデーレ
オーストリアが誇る画家グスタフ・クリムトが描いた世界的名画「黄金の女」。後に「黄金のアデーレ」と改題されたその名画の所有権を巡り、オーストリア政府を相手に裁判を起こした実話を基に描いた本作。
アメリカに住む82歳のマリア・アルトマンが姉の遺品整理で出てきた手紙に端を発し、ウィーンのベルベデーレ美術館に、叔母のアデーレがモデルとなった名画の返還要求行います。国の宝ともいうべき美術品を手放したくないオーストリア政府はその申し出を却下したものの、簡単には引き下がらないマリアが高齢なのを逆手に、のらりくらりと話し合いを長引かせる手段に出ます。少し神経質で気丈な主人公マリアを演じたのはヘレン・ミレン。真面目な若手弁護士をライアン・レイノルズが務めています。
劇中、「ウィーンに戻るくらいなら死んだ方がマシ」と言っていたマリアが意を決してオーストリアを訪れ、ウィーン美術アカデミーを見ながら
「彼がもしも画家になっていたら」
そう呟くシーンがあります。画家を目指していたヒトラーはウィーン美術アカデミーの受験に3回失敗し、そのせいもあってか首相就任後には多くのアカデミーを弾圧しました。一方で美術収集熱はその欲望のままとどまることを知らず、欧州の併合・侵略した各国から数々の美術品を没収し、巨大美術館建設の野望を抱いていました。略奪した美術品は推定65万点。これらを元の持ち主に返すために暗躍した連合軍の美術特殊部隊・通称“モニュメンツ・メン”の活躍は、同時期の公開されたクエンティン・タランティーノ監督による『ミケランジェロ・プロジェクト』でも描かれています。しかしながら、まだ10万店以上の美術品が返還されないまま。見つかっていない美術品はその数をはるかに上回ります。2013年にはドイツのアパートからナチスの略奪絵画1500点が見つかるというニュースがあったように、まだ今でも略奪された美術品は発見され続けています。
マリアはオーストリアで生まれ育ちましたが、争う相手が没収した敵・ナチスではなく、母国であるオーストリア政府だということは、戦争が生んだ悲劇以外の何ものでもありません。
ゆるぎなき正義とその信念『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』
アイヒマンを追え
ナチスがもっとも畏れた男、その名はフリッツ・バウアー。ユダヤ人の彼は25歳の若さでシュトゥットガルト裁判所の最年少判事となった秀才。戦後のドイツで検事長を務めた高血圧持ちのヘビースモーカーで、ブルクハルト・クラウスナーが好演しています。
本作は1957年、西ドイツでナチスの戦犯の告発に執念を燃やすバウアーが、ヒトラーの親衛隊中佐であるアドルフ・アイヒマンを捕まえるまでの物語です。
検事長という肩書きを持ちながら、その頃ドイツの高官など特権階級の人たちの多くは、元ナチ党員という時代。周りは敵だらけで気を許せる人間はほとんど存在しません。警察も政府も、表面上はアイヒマンを追っていることになっていますが、自分たちにも火の粉が降りかかるかもしれないアイヒマンの逮捕を、誰ひとり望んでいませんでした。
また、ユダヤ人というだけでなく、バウアーは過去に数回男娼を買って逮捕されるという同性愛者で、ナチスがもっとも敵視する人物像でもありました。
アンガーマンという唯一の味方とも言える部下と、アイヒマンの行方を追って巨大な敵と戦い続けます。
実際、イスラエルでアイヒマンは拘束され、絞首刑になっています。ですがこの拘束の裏で奔走したのがアンガーマンだということが判明したのは、彼の死後10年が経ってからでした。彼が遺した偉大な功績は、なんと言っても1963年の「アウシュビッツ裁判」。この裁判によって世界中の人間が、ナチスが行った非道の数々を知ります。
「我々ドイツ人は、森や山々は誇れない、我々が作ったものではないからだ。ゲーテやシーラも誇ることは出来ない、アインシュタインもだ。彼らの業績は彼らのもので、我々が誇るべきなのは我々が行う善行だ」
“復讐の鬼”と陰口も叩かれたバウアーですが、彼が求めたのは復讐ではなく、過去と向き合うこと、そして正しく機能する民主主義に他なりません。
それは度重なる偶然か、それとも運命か『ヒトラーを殺す42の方法』
ヒトラーを殺す42の方法
本作は悪名高い独裁者ヒトラーの暗殺計画を綴ったドキュメンタリー。単独犯のものから組織的なものまで、判明しているだけで42個もあったというヒトラー暗殺計画。銃によるものから万年筆、花束に仕込んだ毒薬などといった初期の暗殺計画も、ヒトラーの権力が増す度に強化される警備に合わせ、複雑なものへと移り変わっていきます。
中でも有名な暗殺計画をいくつか挙げると、まずは家具職人ゲオルク・エルザーによる爆弾暗殺計画。1939年、ミュンヘンで行われたヒトラーの演説が終わり退場後、会場が爆破されますが、逮捕されたのはひとりの家具職人でした。彼の物語は映画ヒトラー暗殺、13分の誤算で描かれています。
そしてトム・クルーズ主演で『ワルキューレ』のタイトルで映画化もされた1944年の“ワルキューレ計画”。反ユダヤ主義に納得していなかったナチ党員のクラウス・フォン・シュタウフェンベルクが外部と協力し、作戦会議中に爆弾を仕掛けた鞄を爆破させてヒトラーを暗殺しようとした計画です。
周知のとおり、ヒトラーは自身の頭を銃で撃ちぬき、その生涯を終えたと言います。時に爆弾は不発で、時に予定より早く演説を切り上げ、時に家具が盾になり、数々の“偶々”が都度起こり、42の暗殺計画はどれも失敗に終わったのです。
それはつまり、42回もの暗殺計画があったのにも関わらず、ヒトラーは生き延びたということ。それは果たして偶然なのか。それとも運命なのか。この事実に寒気すら覚えます。
“ワルキューレ計画”を生き延びた時には神の御業だと思ったといいますが、その悪運の強さには“悪魔に愛された”という比喩の方がふさわしいでしょう。
唯一の救いはナチ党員の中にもユダヤ人迫害に疑問あるいは反感を持った人物が何人もいたということ。この事実は、目を覆いたくなるような非道極まりない暗黒史の中に灯る、ささやかな光です。
ごく平凡な夫婦の武器はペンとカード『ヒトラーへの285枚の葉書』
ヒトラーへの285枚の葉書 [DVD]
ゲシュタポの文書記録を基にドイツ人作家ハンス・ファラダが執筆した小説「ベルリンに一人死す」を映画化した本作。舞台はドイツ・ベルリン。フランスへの勝利に沸き立つ1940年、クヴァンゲル夫妻の元に、最愛の一人息子の戦死の知らせが届きます。ユダヤ人への迫害の様子も目にしていた夫婦は、息子を奪った戦争を、ひいてはヒトラーを許せず、怒りをしたためた葉書を街の片隅へと残すレジスタンス活動を始めます。
ごく平凡な夫妻が、武器の代わり手にしたのはペンと葉書。命を賭けて書き続けたカードは「フリー・プレス」と銘打ち、その数を増やしていきます。
それはささやかな復讐に過ぎないのかもしれません。しかし命を賭けた1枚1枚でした。もともと夫婦はヒトラーに忠実な支持者でした。それが息子の死を通して、「当たり前に正しい」と思っていたものが崩壊する。マジョリティである安心感がもたらす思考停止から、思考するマイノリティへと変貌するのです。これは現代でも通じるところのあるテーマではないでしょうか。夫婦を演じたのはエマ・トンプソンとブレンダン・グリーソン。ダニエル・ブリュール演じる警部がひときわ印象的です。
原題は「Alone in Berlin」。彼らのベルリンでの孤独で静かな抵抗は、やがて秘密国家警察“ゲシュタポ”も看過できない存在になります。
267枚目がゲシュタポに回収され夫婦は逮捕されますが、書いたカードは285枚。18枚のカードが、誰かの手元に残り、その志を未来へと繋いでくれたと信じます。

いかがでしたか?ナチス政権の裏に隠されたドラマ、それはどれも正義と信念のドラマでした。日本でも戦争を経験した人たちは年々少なくなり、その経験を後世に生かすよう、私たちはたすきを託された筈です。
今現在、戦闘が行われている内戦や紛争は世界のそこかしこで起きていて、危険な戦闘地域で今日も命は失われています。国対国の争いとしての「戦争」は、休戦中の朝鮮戦争があります。ですが、いくら戦闘が起きていないとはいえ、ここ最近の北朝鮮問題は特に緊張が走っています。
もしもその時、私たちの正義と信念は、一体どこにあり、どこへ向かうのでしょうか。たとえ実感が湧かなくとも、自身に投げかける問題としてはいささか重いテーマだとしても、映画を通してその胸に、“想う何か”が留まり続けますように。

Writer | 春錵かつら

映画を主軸にムックや月刊誌、WEBで活動中のフリーライター。 CMのデータ会社にて年間15,000本を超えるCMの編集業務に携わる傍ら、映画のTVCMのコラムを某有名メールマガジンにて連載。 フリーに転身後、大手コンピュータ会社の映画コンテンツのディレクターを務める。料理本、漫画/映画解説本、ペット関連、ビジネス本など、 幅広いジャンルで執筆中。著書に「絶対に見逃すな! 犬の症状これだけは!」など。

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