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死ぬまで生きたい!〜いろんな終活考えましょう〜【洋画編】

2018.05.25(Fri) | 仲谷暢之

ここ数年で「終活」という言葉がすっかり定着してきていますね。「人生の終わりをより良いものとするため、事前に準備を行うこと」をさしているようですが、個人的には「死ぬまでにしたい10のこと」という2003年に公開された映画がじわじわと「終活」を背中を押したような気がします。
死ぬまで生きたい!当たり前のことですが、いろんな終活を映画で知ることによってその生きたいの意味をもう一度考えられるかもしれません。
ということで、青山シアターの中で見ることのできる、様々な終活のカタチを描いた作品(洋画編)を紹介したいと思います。

「みんなで一緒に暮らしたら」
みんなで一緒に暮らしたら
ジェーン・フォンダのジャン・リュック=ゴダール監督の「万事快調」(今見てもすっごいシュールな政治映画!)以来、40年ぶりのフランス映画主演作だそうです。今作でも昔、画家を目指してフランスに留学したことや、「バーバレラ」のロジェ・バディム監督と恋愛経験が功を奏したか、いや、昔取った杵柄か、流暢にフランス語で演技を、さすがの貫禄で見せてくれています。
パリに暮らす2組の夫婦と、ひとりの男性の旧友たち。それぞれが抱える問題をきっかけに老人ホームに入ることを拒否し、どうせなら仲もいいし、一緒に暮らすことに。そこに、老齢人口についての卒業論文に取り組む若いドイツ人学生がさらに加わるのだけど5人の問題が次第に大きくなってきて同居にも影響してくるが・・・という物語。
共同生活憧れますね。気を使わない仲間と男女関係なくひとつ屋根の下でワイワイガヤガヤ。テラスハウスなら恋の一つや二つ、三つ四つとしてうまくいったりねじれたりしますが齢70も越えた男女はそんな恋愛の新規参入はありません。あるのは過去のひきずりと今の自分たちの現状に対峙すること。
ましてや人生経験豊富な面々、今さら学習し、自分を変えることなんてなかなかできませんわ。つまり頑固と意固地のミクスチャーななわけです。そんな男女がはたして終活ライフをまっとうできるのか。芸達者たちのアンサンブルが素晴らしく、ジェーン・フォンダのヒロインぶりキュートさ、完璧さは言わずもがなですが、喜劇王チャップリンの娘、ジェラルディン・チャップリンが歳はとっても刻まれたシワの中に垣間見せるコケティッシュさもなかなかよろしいです。
ちなみに紅一点ならぬ若一点の老人たちを研究する学生、ダニエル・ブリュールがベテランたち相手に頑張ってます。
「グレートビューティー 追憶のローマ」
グレートビューティー
冒頭からパーティー、パーティー、パリピだらけ(世界的に有名なDJ ELgatoの「Mueve La Colita」が使用されていて退廃的な宴にぴったり!)。そんな中に喪失感と空虚感バッシバシに出している老作家ジェップ。
そんな彼が人生において忘れられない女性が亡くなったことを知り、彼女のまぼろしを探してローマの街を彷徨い自分の人生を考える姿を描いた作品。
才能もあって、お金もあって、地位もある、そんな満たされた人生を送っている主人公が、愛した女性が亡くなったことで認識する自分の老い。いつまでも若い気持ちでいたからなんとなく気づかないフリ、見ないフリ、感じないフリをしてきたけれど、改めて知る現実に愕然とする。そこで彼は長らく書かないでいた小説を書こうと決意するも、ブランクがありすぎ、当然のことながらなかなか書けない。さて老作家は、小説を書けるのだろうか・・・。
主人公ジェップを演じるトニ・セルヴィッロのイケジジぶりにちょっと心が翻弄されます。枯れ専ならごちそうかもしれません。シニア系ファッション雑誌なら表紙間違いなしなルックス。さぞかし昔はモテまくりやったんやろなと確信。きっとタクシーなんかに乗ってて車内の雰囲気、運転手さんオーラに、つい「お父さん、若い頃はさぞかしブイブイ言わしはったんでしょうねぇ」と尋ねれば、「いえいえそんなことあらしまへんて。けどねぇ・・・」とよくぞ聞いてくれましたとばかりキラリと目が光り武勇伝を語り出すタイプ。そんなイケジジのある意味、フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」であり、ジュリアン・デュビビエ監督の「舞踏会の手帖」的でもあります。
感覚で見ながら、その行間を読みながら終活を考える映画。いろんな終わりへの答えが見えてくるはず。
「ギフト ぼくが君に残せるもの」
ギフト
かつて花形フットボーラーとして活躍し、順風満帆な人生を送っていたスティーブ・グリーソンが、ある日、難病である筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症。その直後に判明した妻の妊娠。やがて生まれてくる我が子のためにスティーブは自分が持っているだけのことを伝えようとビデオダイアリーを残すことに。その映像は約1500時間にも及ぶ膨大なもの。今作はその映像をもとに作られたドキュメンタリー。
妻のため、息子のために生きたいと願う彼と、彼を献身的に支える妻のグリーソン。そして介護を手伝うブレアや彼を助けようとする友人たち。何よりリバースという息子の存在が清濁併せ飲む形で映像に残されている。
フットボーラーとして超かっこいいスティーブが年を追うごとに痩せていく姿を見るのは胸が痛くなるけれど、息子のためになんとか映像として残そうとする気持ちは胸を痛くするどころか熱くする。
お金もかかるし、難病ゆえにどう治療していけばいいかという悩みや問題も浮かび上がらせ、ALSという病気の難しさについて知ることができたのはある意味良かったかもしれない。そしてグリーソンたちが治療薬がまだならテクノロジーがあると、車椅子、呼吸器、視線での文字入力する、痰を出す機械で生きさせよう(もちろん本人も願っている)と病気との共存、向き合い方も勉強になります。
現在も彼らはチーム・グリーソン基金を設立し、ALSのために活動しており、同じ患者のために頑張ってはります。
ちなみに撮影した映像は息子さんはまだ見ていないそうです。
「92歳のパリジェンヌ」
92歳のパリジェンヌ
92歳を迎えたマドレーヌは自分の誕生日パーティの席上で宣言「2ヶ月後に私は旅立ちます」と。長く生きたことによってできなくなったことが増えたことをノートに記してきた彼女。みんなに迷惑をかけるなら自らの手で人生の幕を下ろしたいと決意したものの。世間はそう簡単に死なせてくれない。家族はもちろん、病院もそう。それでも何とか終活のために自分なりの行動を起こす。そんな彼女を見て、娘ディアーヌは協力することに、果たしてマドレーヌは理想の幕引きができるのでしょうか・・・。
医療が進んだり、環境が良くなったりで人の寿命は伸びましたが、逆に長く生き過ぎている感も正直あります。美術家の篠田紅桃さんの「105歳、死ねないのも困るのよ」という著書がありますが(内容は幸福な人生を全うするには、長生きするにはを素敵な文章で綴られています)、長く生きているからっていいことばかりじゃない、困ることの方が多くなるというのは必然です。若かった時のようには過ごせないですから。マドレーヌはそれに対しての答えが尊厳死だった。そういう終末のあり方ももしかしたらありなのかもと思ったりします。残された家族の気持ちは?という意見もあるけれど、それはエゴなのではないかなと頭によぎったりもしました。
コメディタッチで描かれてはいますが、見終わった後、ボディブローのようにジワジワと終末、尊厳死についてお前はどう思う?と、突きつけられるはずです。
「幸せなひとりぼっち」
幸せなひとりぼっち
生涯学習の国、高齢者が住みやすい国、福祉国家とも言われるているスウェーデンの映画。初老のオーヴェ、親子二代で長年勤めてきた鉄道会社をリストラされます。子どももなく、半年前に愛する妻を亡くしている彼は、もう人生いいやと後追い自殺しようとしますが、その瞬間に隣家にある家族が引っ越してきます。普段から集合住宅の区画の規律に口やかましくしている彼は、引っ越してきた一家の不器用さにいてもたってもおられず自殺はお預けに。やがて隣家のペルシャ人妻パルヴァネのアグレッシブな行動に翻弄され、徐々に彼の心も移ろいでいくことになりますが・・・。
日本でもワイドショーなどで話題になる隣家の口やかましい爺さんや婆さん、そしてキレる老人。今作でも自分の住む区画の中のルールを守るために、オーヴェはとにかくやかましく厳しい。見ていて絶対近所に住みたくないなぁと思うくらいだけど徐々に彼が抱える闇と孤独が浮かび上がるにつれ、見方が変わってきます。そして高齢者が住みやすい国といわれるスウェーデンが抱える老人問題も。さらに小さなコミューンの抱える問題も加わり、自殺したいオーヴェの周囲は様々な人が絡んできてさらに苛立たせますが、ふとした優しい行為から、これまで頑固、意固地だった彼も変化していきますが、宿敵のライバルだったご近所さんに起こる大きな問題がさらに彼を変えることに。
回想で描かれる主人公の過去がかなりヘヴィ。だからと言ってここまで年いって意固地にならんでもええやんと思ったりもしますが、さらにご近所トラブルも重なるとあぁそうなってしまうのも無理はないかなとオーヴェに同情したりもします。とはいえ、負の連鎖があれば優しさの連鎖もあるわけで、いろいろあったけれどこういう終活もありかなと思ってみたりもします。
「ハッピーエンドの選び方」
ハッピーエンドの選び方
エルサレムの老人ホームに暮らすヨヘスケルとレバーナの夫婦。機械いじりが好きな彼はちょこちょこと薬飲みマシーンや神様と話せる電話なるものを作ってはみんなを喜ばせている。そんなある日、同じホームに住む友人から夫を安楽死させる手伝いを頼まれる。そんなこんなでヨヘスケルが安楽死できる機械を作り、無事?夫を病の苦しみから解放してあげることができたものの、その機械を巡って様々な騒動が起こり、またヨヘスケルの妻、レバーナは認知症となり、症状が進行していた・・・。
タイトルと予告編のコメディさよりは随分とヘヴィな内容です。とはいえ、ユーモア溢れる笑える部分もちゃんとあるので、ホッコリハンはしますのでご安心を。終活の究極は尊厳死、そして安楽死だなと感じました。自分で死を決めるという終活。これからの時代、そういうことがもっとリアルになってくるかもしれないです。
実際、安楽死が認められているスイスにはディグニタスという安楽死による死ぬ権利を訴え、幇助する団体(いろいろ問題があるけれど)を頼ったりし、難病などを抱えた方がツアーでやってきたり、他にもオランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、コロンビア、カナダ、韓国、オーストラリアのビクトリア州、アメリカの一部の州が積極的安楽死を法律で認めていたり、ビクトリア州では昨年、医師が安楽死マシーンを開発したとニュースにもなっていました。それだけにこの映画の世界もまんざらファンタジーではなくなってきているようです。
実際、映画にも描かれていますが長らく寝たきりになっている人たちは床づれで背中や腰、お尻がひどくなっていたり、ただただ栄養を与えられて延命している方も多くありません。なんのために生きているのか、生かされているのか、生き続けていいのかというのを嫌が上でも考えさせられ、ふとヨヘスケルが作った機械に頼りたくなる気持ちがどこかに生まれるはず。そしてさらにエルサレムの映画ということ。宗教が切っても切り離せないお国柄ですが、直球では描かれてはいません。でもそのバックボーンを意識してみると登場するキャラクターになるほどなぁと思える人物が出てくるのも深いなぁと思いました。
ひとつの機械を巡って交錯する使命感、それに反しての罪悪感、世の中の道徳と個人の感情が老人ホームの中で入り乱れる様。ぜひ見て、語り合って欲しい作品です。

6本の様々な終活を描いた作品は年齢を重ねた人も、まだまだ若い方もそれぞれに考えさせられるはずです。他にも名女優ジャンヌ・モローの遺作で主演作クロワッサンで朝食を(孤独なブルジョア婆さんが絶品!)やモーガン・フリーマンとダイアン・キートンのアパートメントをめぐる終活映画ニューヨーク、眺めのいい部屋売りますもオススメです。 次回は、死ぬまで生きたい、アジア編を。

Writer | 仲谷暢之

ライター、関西を中心に映画や演劇、お笑い、料理ネタなどなどいろいろ書いてます。

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