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【これは観ておきたい!平成の映画vol.2】平成の空気を感じる映画編

2019.04.03(Wed) | 谷直美

終わりゆく〈平成〉をキーワードに、今青山シアターでぜひ観ておきたい作品を、ライターの独断と偏愛に基づいてご紹介します!

わたしはロランス
わたしはロランス
1989年(平成元年)生まれのカナダの若き天才監督、グザヴィエ・ドラン。彼の作品の中でも特にお気に入りのひとつが監督3作目の「わたしはロランス」です。
あるトランスジェンダーとその恋人の人生を10年もの長き年月にわたって見つめた物語は、23才の若者が作ったとは思えぬほどの深みとスケールを備えています。

自身もゲイであることを公表しているドランの作品において、ジェンダーに関する問題は切っても切り離せないテーマ。
本作の主人公ロランスは、外見も内面も女性として生きたいが恋愛対象は女性というトランスジェンダー。恋人と普通の男女として出合い付き合ったのちに、彼は突然女性として生きることを心に決めるが、恋人フレッドへの愛は変わらないと言う。

トランスジェンダーに対する周囲の人々の強い偏見や無理解、そしてロランスを深く愛しているフレッドの混乱や心の葛藤が丁寧に描かれます。
また、じっとカメラを凝視する人々の顔のショットが多用され、性的少数者にとって無遠慮な視線にさらされながら生きることがいかに苦しいものかが体感的に感じられます。

インパクトの強い芸術的な映像表現が見る者を虜にするドランの作品。本作も斬新な視覚的アイデアと音楽の効果による、激しく美しい表現によって揺れ動く人物の心情が見事に表現されています。

異端でも傷だらけでも、自分に正直に自由に生き切るのだという本作のメッセージは、孤独や生きづらさを抱える人も多いこの時代にとって力強いエールになると思います。
怒り
怒り
「69 sixty nine」・フラガールでは、〈昭和〉をノスタルジックにユーモアをもって描いた李相日監督。
一転、「怒り」では、溢れる情報に右往左往し、何を信じれば良いのか分からない不信の時代〈平成〉の一側面を浮き彫りにしています。

ある殺人事件の3人の容疑者と彼らを取り巻く人々が織りなすミステリー仕立ての群像劇で、最後まで予断を許さない張りつめた糸のような緊張感が貫かれています。
東京・千葉・沖縄という3つの場所で同時進行するのは、それぞれ異なる社会の弱者や少数者の物語。キャストたちの圧倒的な演技も印象深い作品です。

タイトルと違い、この映画に出てくる人々は強い不安や悲しみの中にありながらも怒ることを抑圧されています。彼らに限らず今の世の中では、いつもスマートでにこやかにいることが求められ、怒ることはみっともなく厄介なことだと見なされる風潮が強くあります。
過剰に忌避され、軽視されている「怒り」が行き場を失ってとぐろを巻いているのが、平成という時代の一つの様相なのではないでしょうか。

この作品は、人を信じることの難しさと危うさを観る者に突きつけます。人間をそんなに高く見積もるんじゃないと。
しかし、作品は人間の醜い部分を見せつけながら、同時に愚かで弱い人間を愛おしく思う気持ちを強く感じさせます。そこには誰一人見捨てはしないというむき出しの愛の感覚があります。
恋人たち
恋人たち
平成という時代の空気をまるごと切り取ったような濃密な印象を残す作品です。
2006年にぐるりのこと。を製作した後、金銭トラブルに巻き込まれて一時は社会的にゼロの状態にまで追いつめられた橋口監督が7年後に立ち上げたのは、社会の底辺を這うように生きる人々の物語でした。
キャストは橋口監督の演技ワークショップから抜擢された無名の俳優が中心となっており、それがかえってドキュメンタリーのような生々しさを生んでいます。

作品に登場するのは、差別や理不尽に踏みにじられながらもささやかな尊厳を胸に、何とか耐えて前に進もう生き抜こうともがく市井の人々。
妻を殺された現場作業員、皇室追っかけの中年主婦、孤独なゲイの弁護士。

彼らの悲しみやみじめさに寄り添いながらも、時に残酷なまでに容赦のない目線で人間を突き放して描く厳しさに慄然とします。
しかしそれは、表面上を取り繕い、一見平和で幸せで快適であるかのように見せている今の社会が、一皮剥けばこんなにも暴力的で無慈悲であるという、作り手の偽らざる実感につながっているのだと思います。
0.5ミリ
0.5ミリ
世界有数の超高齢化社会となった平成の日本。しかし、まだまだ当事者以外にとっては他人事感があり、日本の現実を正面から受け止め、オープンに語る土壌が成熟しているとは言いがたい現状もあります。

辛気くさいものとして隅に追いやられがちな老人介護というテーマを、骨太エンターテインメントに仕立てあげたのが本作。
安藤監督自身が祖母を介護した経験に着想を得て、もう社会にとって無用の長物になってしまった日本の老いた男たちの生きざまをユーモラスかつシビアに描き出しました。

坂田利夫・織本順吉・津川雅彦といったクセの強い面々が演じる老人たちは、それぞれ意固地だったり可愛かったりエロかったり。
面倒くさいなあ、やだなあと思うけれど、実に人間臭くてリアルです。

そんな一筋縄ではいかない老人たちに対峙するのは、監督の実妹安藤サクラ演じる介護ヘルパー、山岸サワ。不潔も貧乏もセクハラもなんも怖くねえし、と言わんばかりの肝のすわった不良っぷりが最高にクールです。

サワは、酔拳みたいにどんな相手の拳も自在に受け止めて、深いコミュニケーションを築くことができる人。
未来の予測がつきにくい不透明な平成の時代においては、サワのようなサバイバル能力の高い、覚悟の決まった女こそが希望の星なのでは!と思わされます。
ラッキー
ラッキー
「パリ・テキサス」の名優、ハリー・ディーン・スタントン。1926年、昭和元年に生まれた彼は、生涯100本以上の映画に出演し、(外国人には元号は関係ありませんが)昭和と平成をほぼまるごと生き切った、まさにレジェンドというべき存在です。

「ラッキー」は、そんな彼の過去の出演作と私生活に基づいて当て書きされた、オマージュを超えたパーソナルな作品。そしてハリー・ディーンは作品が公開された2017年に91才の生涯を閉じました。
人生の最後まで愛されて現役で、こんなにすばらしい役者人生ってなかなかないと思います。

人生の達人ってどんな人だろう?と考えた時に、「その人なりのやり方が確立されている人」のことだろうと思うのです。ハリー・ディーン演じる主人公ラッキーが彼にとってのルーティーンを日々淡々と、あくまでマイペースに営む姿を眺めていると、なんだかしみじみ心休まるものがあります。

ラッキーは別に愛想も良くなく、言いたいことを言い、自分のタイミングでやりたいようにやり、でも誰も不愉快にしたり傷つけたりしない。
年を取ることでこんなに自由になれるなら、年取るのも悪くないと思わせてくれます。
また、ラッキーの友人役で出演しているデイヴィッド・リンチが、作品の世界に見事にフィットしていてたまらなくチャーミングなのも見どころ。

平成の最後に、こんな置き土産をして去って行くとは、なんと粋なじいさんなんでしょうか。

〈平成〉の空気を感じる映画をキーワードに、個人的に愛着ある作品をピックアップしてみました。 去り行く時代に思いを馳せつつ見てみてはいかがでしょうか。

これは観ておきたい!平成の映画vol.3

Writer | 谷直美

映画と旅と赤ワインをこよなく愛するフリーライター。映画レビュー・コラムのほか、人物インタビューやイベント取材など幅広いジャンルで執筆中です。

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