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監督によるオリジナル脚本の名作5選【アジア・中東編】

2019.05.08(Wed) | 谷直美

その国の宗教・文化・政治的背景が色濃く反映することが多いアジア・中東の作品。テイストや持ち味は全く違うけれど、それぞれに魅力あふれるアジア・中東の監督自身が監督・脚本を手がけたオリジナル作品をご紹介します。

『運命は踊る』(イスラエル) サミュエル・マオズ監督・脚本
運命は踊る
ホロコーストのトラウマを抱えるイスラエルという複雑な国に生まれ育ち、20歳でレバノン戦争に従軍した経歴を持つサミュエル・マオズ監督。
戦争と隣り合わせに生きる人々の心のありようやイスラエル社会の抱える歪みを、雄弁かつ洗練された映像表現で浮き彫りにしています。

シークエンスによって別の作品かと思うほどムードががらりと変わったり、アニメーションが差し挟まれたりと、ビジュアルに対する強いこだわりが際立った作品です。インパクトの強い凝った表現は美しく示唆に満ちていて、台詞ではなく画に全ての情報や感情が凝縮されている。その完成度の高さに唸らされます。

戦争という極限の状況は、人の暮らしに何を引き起こすのか、人間をどのように変えてしまうのか? 本作の映画体験を通して、兵士やその家族をはじめとした戦時下を生きている人々の生々しい当事者感覚が肌身に感じられます。戦争を描いた映画は数多くあるけれど、こんなにも戦争の愚かしさを噛んで含めるように感じられた映画はなかなかないです。
『哭声/コクソン』(韓国) ナ・ホンジン監督・脚本
哭声/コクソン
ジャンルにとらわれないエネルギッシュな作品が際立つ近年の韓国映画シーンで大きな存在感を放つ監督のひとりがナ・ホンジン。
彼が手がけた長編3作目はサスペンススリラーにとどまらない、スプラッタありゾンビありの衝撃的な作品です。

美術や特殊メイクのクオリティーが素晴らしく、CGにはない生々しい怖さに圧倒されます。演出も巧みで、曖昧に切り替わる夢と現実の描写が繰り返されるうちに麻痺したように物語にはまり込んでいく感覚は底なし沼のごとし。

聖書をモチーフにした宗教的メタファーをベースにした難解な物語ながら、本国で国民的大ヒットを記録したのは、息もつかせぬ疾走感と、もうこの辺で勘弁して!という観客の懇願を無慈悲に振り払って突き進むクレイジーなパワーゆえでしょう。ヘトヘトになりながらも一気にのめり込んで見てしまうことうけ合いです。

この作品は、最初から最後まで、観る者に決して安心感を与えてはくれません。むしろ不安や迷いをかき立てるように作り込まれています。
何が真実か嘘か?誰が敵か味方か?何が善か悪か?物語が深まる程に混乱も深まり、自分に見えているものすらだんだん信じられなくなっていきます。

キーパーソンとなる謎の異邦人役、國村隼の得体の知れない存在感はそんな不穏な映画のトーンにぴたりとはまっていて最高に不気味です。
『百日告別』(台湾) トム・リン監督・脚本
百日告別
妻を亡くしたトム・リン監督が集団法要の儀式に参加する中で出合った、自分と同じように親しい誰かを喪った人たち。彼らに思いを馳せながら本作の脚本は書かれたそう。

遺された人たちの、それでも続いて行く日常。喪に服す日々の中で湧き上がる悲しみや怒りに言葉少なに寄り添いながら、少しずつ顔を上げて前を向いてもう一度歩き出す過程を優しいまなざしで描いています。

死んだ恋人と行くはずだった沖縄をヒロイン(カリーナ・ラム)が一人で辿るシーンでは、沖縄の人たちの優しさや可愛さ、美味しそうなご飯、美しい自然など沖縄が魅力的に描かれているのも印象的。

淡い水彩画のような透明感を感じる、ちょっとセンチメンタルでじんわり癒される作品です。
『再会の食卓』(中国) ワン・チュアンアン監督・脚本
再会の食卓
発展目覚ましい中国、中でも劇的な変化を遂げつつある大都会、上海が舞台。中国の歴史に翻弄された老人たちの姿を通して、変わりゆく中国の中で失われつつあるものを描いた作品です。

我々と同じアジア人で漢字を使って生活している民族とはいえ、大陸に住み、激動の文化大革命を生き抜き、現在も一党独裁の共産党の支配下に暮らす中国の人々の人生観は日本人とは相当かけ離れていることがこの作品を見ると改めて実感させられます。

タイトルの通り、中国ならではの皆でわいわい囲む食卓のシーンがこの映画の中核にあります。市場での買い出しに始まり、台所には食材の肉が干されてぶら下がっていて、女たちはひっきりなしにおしゃべりしながら手際良く大量のごちそうをこしらえていく。
やがてずらりとごちそうが並んだかと思うと、大勢が一気に平らげていく。
家族それぞれ色々あって、複雑な思いを抱えていても、皆で囲む食卓が全てを包み込んで丸くおさめてしまう。そんな中国食文化の懐の深さがよく表現されています。

40年ぶりに台湾から帰ってきた元夫を、妻と新しい家庭を築いている現夫が葛藤を抱えながらも精一杯食事でもてなそうとする。その健気さの中に中国が抱える複雑で割り切れない過去に対する思いが滲み出ています。

やがて、急激な近代化による地域社会の崩壊と家族の分離によって、賑やかだった家族の食卓はすっかり様変わりしてしまう。清潔で殺風景な真新しい部屋と引き換えに失ったものの大きさにやるせなさと寂しさを覚えます。
『セールスマン』(イラン) アスガー・ファルハディ監督・脚本
セールスマン
アスガー・ファルハディ監督の作品に共通するのは、緊張感あふれるサスペンスと、登場人物の繊細な心の動きや小さなすれ違いがドラマチックに物語を突き動かしていく高度な心理劇の要素。
本作もスリリングなストーリー展開と夫婦間の微妙な感情のやりとりから目が離せず、息詰めて見入るような緊迫感のある作品に仕上がっています。

イランの中流階級に属する知的でスマートなカップル。現代的な考え方とライフスタイルを営んでいるように見えた二人が、ある不幸な事件をきっかけに、依然としてイランの伝統的な社会規範に縛られたままであることを露呈し、やがて互いに苦しめ合うようになっていく・・・。

本作であぶり出される「恥」の感覚と差別感情の構造。これは遠いイランだけの問題ではなく、誰もが多かれ少なかれそれぞれの文化における社会通念やタブーの抑圧を受けて生きているということを思い起こさせます。

平穏な日常ではそれを忘れたように暮らしていても、極限の状況に陥った時に、見せかけの平和はいとも簡単に崩れ去ってしまう。
濃密なサスペンスドラマを夢中で堪能しながらも、ひんやりとした不安が頭の片隅から離れない作品です。

普段あまり触れることのない異文化の作品を見る楽しみのひとつは、その国に生きる人でなければ知り得ない人々の日常や価値観の違いをぎゅっと凝縮して体験できること。加えて優れた映画には、「違い」と同じくらいに「同じ」を感じさせる普遍性があるからこそ、多くの人に愛されるのだと思います。

Writer | 谷直美

映画と旅と赤ワインをこよなく愛するフリーライター。映画レビュー・コラムのほか、人物インタビューやイベント取材など幅広いジャンルで執筆中です。

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